花で繋げる人が繋がる肥薩線

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八代駅エリア

八代よかとこ宣伝隊

私が所属しているよかとこ宣伝隊は、肥薩線の北の玄関口「八代駅」とそのお隣、「新八代駅(九州新幹線)」構内にある観光案内所の運営や、市内の観光・物産全般の業務を担っています。一年で一番の大仕事は、例年10月に開催される「八代全国花火競技大会」。30業者もの花火師たちがその技を競い合う、西日本唯一の花火競技大会です。国内外から大勢のお客様が来訪されるため、イベントの前後はスタッフ総出で日々奔走します。

八代には「日奈久温泉」という、開湯600余年の素朴で風情ある小さな温泉街がありますが、平成26年に45年ぶりに中学校の修学旅行を受け入れました。夜にはちくわ焼きの体験をし、夜空を眺めながら晩白柚(ばんぺいゆ)のソフトクリームを食べていました。その時、子供たちがふと「九州はいいな~」と。「えっ?九州ってそんなにいい?」と尋ねると、「大阪と違う、僕たちの住んでいる所と空の色が違う」と答えてくれました。以来、特別な事をしなくてもその土地にあるものをちゃんと見せてあげる、食べさせてあげる、感じさせてあげることで、とっても感動してくれるのだと思うようになりました。私達はよその真似をしようと思わずに、自分たちの地域の良さを探してそれを皆さんに伝えていきたいと思っています。地域にしっかりとまなざしを向けながら、訪れてくれる方々とのご縁を結ぶ日々を送っています。

一勝地駅エリア

田舎の体験交流館「さんがうら」

2010年に「一勝地第二小学校」が閉校し、その校舎を村が宿泊施設に改修し、2011年7月から田舎の体験交流館「さんがうら」として運用を開始しました。「さんがうら」というのは球磨村大字三ヶ浦という地名から。私はもともと球磨村の出身ですが18歳から、長らく東京で満員電車に揺られて出勤する生活を送っていました。40代半ばを過ぎた頃、様々なストレスが重なり辛い時に思い出したのが、故郷「球磨村」でした。子供が成人した50代半ばで早期退職を決意し、Uターン。故郷の豊かな自然と、素朴な人々に心の底から癒されました。体験交流館がオープンする際、施設長の募集を知り、自身の経験から「都市部の方たちにここへ来て田舎体験をしてもらい、地元と交流して元気になってもらいたい」という思いで応募し、今に至ります。

現在はグリーンツーリズムで宿泊のお客様を受け入れながら、農林業や食の加工体験を地域のイベントとして実施し、おかげ様で参加者は年々増えています。村の行事や情報をホームページや動画で発信したり、物産販売やネット販売も行っています。今、力をいれているのは故郷の原風景の象徴である棚田の再生です。球磨村には79の集落がありますが、農業の後継者が非常に少ないのが現状です。荒れ果てた棚田を手入れし、収穫した棚田米を販売しています。実は私たちの施設は、村に二ヶ所ある「日本の棚田百選」のひとつ、「松谷棚田」の最上部にあります。この高台で毎日、何かしらささやかな感動に出会いながら暮らしています。

人吉駅エリア

一般社団法人 人吉温泉観光協会

実は長らく飲食業界にいて料理は5年、パンは11年ほど焼いていたので、フランスパンからクロワッサンなどまで大抵のパンはつくることができます。ご縁をいただき、2009年からこれまでの業種とは全く異なった観光協会の事務局長を務めさせていただいています。主な業務内容は人吉駅構内の案内所の運営や人吉市全体の観光に関する業務です。2015年の初夏には人吉駅の敷地内に、待望の「鉄道ミュージアム」が誕生する予定になっており、肥薩線沿線が益々盛り上がることを期待しています。建物のデザインは豪華観光列車「ななつ星in 九州」をはじめとした九州の観光列車のデザインを多数手がけられた水戸岡鋭治さんが手がけられ、お子様はもちろん、鉄道好きな大人の方もお楽しみいただける仕掛けのある施設です。

観光協会の最近の目立った活動内容としては、2014年に「人吉キャンペーンボーイ(HCB)」という男性二人組アイドルユニットをデビューまでさせてしまいました。観光協会の中にプロデューサーがいて、しっかりコンセプトも定め、CDもリリースしています。先日彼らの観光に関する研修でもお話ししたことですが、市内で様々ハード整備が進められる中、最終的には「観光=人」だという考えを常に持ち、観光協会スタッフ一同、地元や近隣市町村の皆さんとご一緒に盛り上げていきたいと思っています。ぜひ、案内所やミュージアムへお立ち寄りください。

くま川鉄道(株)

くま川鉄道で「楽しい列車の旅」の企画などを担当しています。主役は平成26年に誕生した「田園シンフォニー」という列車です。肥薩線は八代から鹿児島方面に向けて、球磨川沿いから山へと変化に富んだ川線、山線と呼ばれますが、田園シンフォニーが走る人吉温泉から湯前駅はのどかな田園風景を時間をかけてゆっくりと巡る「田線(でんせん)」と言われています。数年前、電車の車両更新の際に検討を重ね、従来通り朝・夕は通勤通学の列車に、日中は日本一の観光列車を目指そうと誕生した待望の観光列車です。お手本にさせていただいたのは肥薩線を走る「いさぶろう・しんぺい号」。私たちにとってはお兄さんのような存在です。

観光列車が走るようになって、私たち職員も地域も随分変わったように思います。まず観光のお客様が訪れるようになって、「ようこそ、いらっしゃいませ。」というご挨拶から駅で多くの会話が生まれるようになりました。鉄橋の架かった球磨川の様子などお客様からのお話で、改めて沿線景観の素晴らしさに気づかされることもあります。田園シンフォニーが停車する駅では、地域の方々が交代でお茶のおもてなしや美味しい特産品を用意され列車の旅をより一層、盛り上げてくださいます。お客様からも大変好評です。私たちも地域の方々も皆様のお越しを今か今かと心待ちにする毎日です。

ゼンカイミート(株)

私たちの会社「ゼンカイミート」は牛のと畜場と加工場を運営しています。今、国内外から注目いただいているのは「ハラル(=イスラム法において合法なもの)」の取り組みです。これは萩原前社長の代から受け継ぐものですが、8年前にASEANの留学生から「日本へ来たのに、美味しい牛肉を食べられない」という話を聞いたそうです。イスラム教徒は戒律に沿ったものでなければ食べないし、化粧品等も同様に身に着けない。日本で暮らしながら様々な戒律をクリアしなければならない彼らの不便さを、何とか少しでも取り除きたいと考えたのが取り組みのきっかけです。2012年には国内で初めてインドネシアのハラル認証を取得して、現在はムスリム(イスラム教徒)のスタッフ2名が戒律に則ったと畜を行っています。世界中の多くの方々に「ジャパニーズ・ビーフ」の美味しさを知ってもらいたいと思います。もちろん日本の方にもです。月に一度の工場直売(最終土曜日)や土・日は新鮮で美味しいお肉をBBQでお楽しみいただけます(要事前予約/5名以上)。

ところで皆さんは夏目友人帳という漫画をご存知でしょうか。私は娘から聞くまで漫画のことは知らなかったかったのですが、実は肥薩線のいくつかの駅がその漫画の中に出てきます。私は大分出身で人吉暮らしも短かったので肥薩線のこともそれほど詳しくありませんでした。ある日、娘に連れられて漫画と見比べながら初めて肥薩線の駅を巡ってみたのですが、これがなかなかおもしろいのです。肥薩線は日本の原風景が感じられる素晴らしい路線ですので、妻ともゆっくり肥薩線に乗って過ごす日をつくりたいと話しています。

農家レストラン「ひまわり亭」

17年前に、地域のお母さんたちと「小さなひまわりグループ」を立ち上げ、地域づくりをスタートしました。地域の担い手は女性も高齢者も一緒になってみんなで作っていこうということで、”待っていました定年60歳、新入社員、現役!”をキーワードに持続可能な経済的活動として、1998年に農村レストラン「ひまわり亭」をオープンしました。球磨川のほとりに建つ築120年以上の古民家を改装したレストランでは、子育て中のお母さんから70代までの女性たちが毎日イキイキと美味しい郷土食の提供にがんばってくれています。

オープン以来、全国各地からお客様においでいただき、研修や講座なども多くなった現在は「レストラン」という枠を超え、食をテーマとした交流拠点というイメージが近いと思っています。昨今、和食が無形文化遺産に登録されましたが、地域の当り前の食文化が当たり前でなくなったという時代の流れに危機感を感じています。肥薩線沿線には人吉(熊本)のグリーンツーリズムの上井さん伊佐(鹿児島)の早水さんなど「食のおもてなし」の仲間たちがいます。広域で手をつないで、沿線の新たな魅力や価値をつくりだして、多くの人を惹きつけられる地域になればと思っています。また食においてはこの地域はゼンカイミートさんの「ハラル」という強みがありますから、ぜひ皆で学び取り組んでいきたいと思っています。

人吉市グリーンツーリズム推進協議会

2006年に農家民宿「つばき坂」を初めて以来、それまでの浪花節のような人生が一変、本当に毎日が小さな感動の連続で楽しい生活を送らせていただいています。人吉グリーンツーリズムは現在、農家民宿が6軒、15名で活動を行っています。グリーンツーリズムと言えば、修学旅行や本格的な農業体験のイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、人吉の農家民泊は、大人の方にこそ楽しんでいただけるものだと感じています。宿泊に朝食と夕食をおつけしたお気軽なプランで日中はご自由に観光巡りをされる方もいらっしゃいます。先日、ある大学生が泊まりに来てくれたのですが、満月の晩に、「おばちゃんんと見たこの月、私は絶対一生忘れません。」と言ってくれことにとても感動しました。

春にはわらび狩り体験ツアーを実施したり、協議会メンバーにはしめ縄やお手玉を作れる人もいるのでお祭りの時には実演販売を行うことも。市の一大イベントである春風マラソンの時には野菜の切込みやおもてなしに精を出します。先日、地域食の取組み発表で県の農業コンクールで特別賞をいただき、本田さんと共に全国大会へ行くこともできました。日本中から集まった、夢とロマンと実行力を持つ農家のお母さんたちに刺激され、また新たな思いで、肥薩線沿線の方々とも連携しながら、お客様により一層喜んでいただける農家民宿にしたいと思っています。

真幸駅エリア

えびの駅友の会

真幸駅(まさきえき)は124キロの肥薩線の中で唯一宮崎県にある駅です。駅との出会いは2004年のこと。仲間たちとえびの市(宮崎県)を活性化したいと、もともとは京町(宮崎県えびの市)の空き店舗を活用して地域の特産品販売を行っていたのですが、台風や大雨のたびに水浸しになっていたため、移転場所の検討を始めた頃でした。無人駅であった真幸駅に観光列車「いさぶろう・しんぺい号」が停車するようになったと伺い、駅へ赴くと100歳を超えたその佇まいに引き寄せられました。その後、JRの方との話し合いの末、真幸駅構内への移転が決まり、現在は毎週土・日・月の9時から市を開いています。駅を綺麗に清掃し、地域の方々にご協力いただき花の植栽もしています。駅舎は写真などを展示した小さなギャラリーにもなっています。列車がホームに近づいてくると、最高の笑顔でお出迎えし、列車が発つ時には訪れてくださった方々との一期一会の出会いに感謝し、姿が見えなくなるまで手を振り続けます。2006年には思いがけずJR九州さんより真幸駅の名誉駅長に任命いただきました。

真幸駅は”真の幸せに入る”というとても縁起の良い駅名から、今ではホームにある「幸せの鐘」や記念切符も徐々に知られるようになってきました。駅に設置しているノートには、全国各地からお越し下さった方々がこの駅で感じられた様々な思いを綴って下さっています。仲間たちとこのノートを拝読する度に感極まり、私たちの明日への大きな力となっています。真幸駅には笑顔あり涙もありの本物のドラマが日々溢れています。

伊佐地区ツーリズム協議会  (農家民宿夢ロード青木 代表)

真幸駅から国道447号線の曲がりくねった道を13kmほどひたすら進むと、森と池がすぐ傍にある我が家へたどり着きます。2009年からこの地で自宅解放型の農家レストランをやっています。最近では市外や県外からもはるばると昼食を食べにお越しくださる方がいらっしゃり、様々な方とお話できることを楽しみにやっております。2011年からは修学旅行の受入も始め、初めて研修に行かせてもらったのが、偶然にもこの肥薩線沿線を一緒に盛り上げていくメンバーの中にいらっしゃる本田さんの所で、宿泊は上井さん所でした。2013年からは物産館へお弁当とお惣菜を少しずつ出すようになりました。この土地のもので手づくりしたごはんを、ご自身でつくることができない方や子育てで忙しくされている方等にも食べさせてあげたいという思いからです。

私の住む青木という地域はどんどん人口減少が進み、自分たちで動き出さなければ、毎日誰とも会うことなく過ごしていたと思います。主人が定年退職後から、もう30年近くになるでしょうか…田舎へ人に来てもらうためには環境を綺麗にしなければと、毎日黙々と自分の山と地域の山、そして国道447号線の手入れを続けています。国道沿いには季節ごとに紫陽花、山桜、紅葉が見られます。すぐ傍の池は今では高校の先生と生徒さんたちが草刈をしてくれるようになり、地域の輪が広がっています。最寄りの真幸駅から少し距離はありますが、ぜひ青木へも足を延ばしてください。季節の草花や森の空気に癒され、地元の素材を使ったごはんで元気になっていただきたいと思います。

霧島温泉駅エリア

花はきりしま肥薩線の会

列車好きが高じて10年程前から隼人の駅前で暮らし始め、踏切の音で目を覚まし、最終列車の頃に寝るというような生活を送っています。学生時代、英語の成績が1か2だった私がイギリスの老人ホームで5年程働き、1996年に帰国して間もなく、「第1回龍馬ハネムーンウォーク」の事務局長を務めさせていただくことになりました。2016年には20回目を迎えますが、第1回目を開催した直後に、お客様から最寄りの霧島温泉駅(旧霧島西口駅)に対する厳しいクレームをいただきました。実際に行ってみると、「国立公園霧島歓迎」の看板も空しく、列車が着いてもバスは走っていない、タクシーもいない、目の前の高校のやんちゃな生徒さんが散らかし、天井には穴があき…と散々たる状況でした。

有志を募り、15名程で清掃活動を始めて駅が綺麗になった頃、もう一つインパクトをということで、鹿児島民謡「おはら節」の「花は霧島~」をイメージして、花を植えることに。1998年に例の高校の生徒さんや小学生たちと花植え活動を始めて以来、15年以上続いていますが、2010年にはその活動が評価され国道交通大臣賞をいただきました。そのような流れから肥薩線沿線の活性を考える会を立ち上げ、駅周辺の地元の方たちと色々とやっているうちに、お隣の112歳(2015年3月現在)になる嘉例川駅や大隅横川駅の方々とも一緒にがんばっていこうとネットワークを築くことができました。特急列車「はやとの風」が霧島温泉駅に停車する際には、地元の方々と美味しいお茶や手づくりのお菓子に満面の笑顔を添えてお待ちしております。

喜例川駅エリア

森の弁当やまだ屋

「今度、はやとの風っていう特急列車が走りだすんだって。そしたらここの美味しい椎茸を乗せた弁当をだせばいいんじゃないけ~?」そんな冗談話が持ち上がったのは2003年頃のこと。当時、隼人町(鹿児島県)の社会教育員として、嘉例川駅周辺地域の方々と地元の焼酎販売で得た小さな利益を資本に野菜の市などを行っていました。初めて嘉例川駅を訪れた時、前後は山で周辺には民家があり、そこに建つ100歳を超える木造駅舎の姿はエコミュージアムの世界のようでとても感動しました。そして、ここの地域の方たちは皆さん野菜づくりに一生懸命でそれを生きがいにしていました。

いざ「はやとの風」が走るとなると、鹿児島空港から駅を通って妙見温泉まで行く「温泉バス」の運行も始まり、野菜づくりに忙しい農家さんに代わって、駅弁をつくることなど考えてもみなかった私自身がお弁当を作ることに。最初は全く売れない日もあり辞めてしまおうかと…。しかし、お弁当を売りに駅へ来させてもらうようになり、当時の福本名誉駅長さんがいつも掃除をされに、92歳だった駅員さんは草刈に、80歳のおばあちゃんはお花を活けに来られていて、この駅が大切に、大切に守られてきた場所なのだと気づきました。以来、この駅のお話や地域の野菜でつくられたお弁当の食材一つ一つに詰まった、嘉例川の方たちの思いをお客様へお話するようになり、一つのお弁当であっという間に10数年。3年連続九州の駅弁グランプリもいただきました。地域の方々も張り切ってがんばってくださっているので、続けられる限り、お弁当に皆さんの思いを乗せて一人でも多くの方へ届けていきたいと思います。

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